高等遊民前夜

日記と考え事・雑感のログ

トロフィー

 土曜日。こんど嫁稼業で義実家へ行かねばならない。夫方の親戚筋にはいくらかお祝いをいただいているため、お返しの品を調達しに栄駅に出た。三越のギフトショップに行き相当額のカタログギフトを買い、カタログだけでは味気ないから菓子折りも調達した。衝撃的な額を使った。

 義実家の人々は悪い人たちではない。むしろ私の両親より、人間的には優れているように思う(人間的の定義は分からないが。私の個人的感情によるものもある)。ただその事実とは別次元で、嫁稼業は嫌だ。私が人見知りなせいでもあるし、失礼がないようにしなければいけないというプレッシャーによるものでもある。とにかく、腹を割って話すほど親しくない人たちと長時間同じ場所に置かれ、それなりのコミュニケーションを取らねばならぬ状況が苦手だ。悪いことに、義実家の皆様は私のことを「お淑やかな女性」だと思っている。勘違いも甚だしい。私は風呂上がりにパンツ一丁で夫の前をうろつける人間だ。

 栄の街に出たついでに気になっている靴を見に行った。戦闘力が高そうな強いTOGAの革靴。もう3年くらい前から欲しいな、と思っては在庫切れになり買う機会を逃す、というのを延々と繰り返してきた。もうずっと、この靴を買うためのお金を用意してあったのに、ことごとくその機会を逃した。なんで何万円もする靴が悩む暇もないうちに完売してしまうのか。今シーズンまた販売しているらしいから、店頭で試着して買おうと思ったのだ。
 ショップ店員さんに聞くと、私が試したいサイズは売れ筋らしくラス1だったらしい。履いてみるとちょうどピッタリで、今買わねばいつ買うのだ、とついに買った。ほくほくである。

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 それなりの額のものを店頭で買うときの高揚感は何事にも例えがたい。必需品ではない、生活に無くても困らない贅沢品であるほど高揚感は凄まじい。とめどないアドレナリンって感じ。日頃の辛い労働が報われ、自分自身に与えられたご褒美だ。忙しく働く人には、自分に高額なものを買い与える人が多いけれど、その気持ちがよく分かるようになってきた。
 私の場合はこれまで自分が欲しいものであっても、それが高価であることを理由に諦めて蓄えに回すことが多かった。でも最近はそういう貯蓄するばかりの労働生活に虚しさを感じることが増えてきたので、適度に自分に還元して労ってあげたいと思う。値段を言い訳にしないで辛く苦しい労働を褒め称えてやりたい。