高等遊民前夜

日記と考え事・雑感のログ

雑感まとめ(3/23-3/29)

3月23日(月)

 早朝、生理が来てしまった。まだ産後3ヶ月弱だというのに。
 トイレで血のついたペーパーを見て愕然とした。ショックすぎてしばらく便座に座ったまま動けなかった。この悲しみを言葉にすると「生理が再開して悲しい」なわけだが、どうにもこの言葉に乗り切らない複雑な感情がある。母乳も与えているし、なんとなく、もう少し生理のない日々の恩恵を受けられると疑っていなかったのだ。

 先週の日記を読むと笑えちゃうくらい夫に苛立っている。今思えばあれは典型的なPMSの症状だ。それが分かって、悲しい。こんなにもホルモンに支配されていた自分が途端に悲しい。そしてホルモンに支配される日々がまた始まることが悲しい。もう少し生理のない日々を生きたかった。

 私にとって妊娠・出産の最大のメリットは、(子どもを授かったこと自体を除けば)月経からの解放だった。そう断言できる。それほどまでに月経のない生活は凪いだ海のように穏やかだった。気持ちの浮き沈みがない。実際に夫も、全くイライラのない穏やかな私を見ては驚くのだった。生理が再開しPMSが生じるようになれば、もうそうはいかない、あれは努力や気の持ちようで制御できる類のものではないのだ。みな極力、表に出さないように折り合いを付けて社会の中で生きているだけだと思う。
 妊娠して一時的に月経から解放されたことで、いかに自分が月経前のホルモンバランスにメンタルを翻弄されていたかを改めて思い知った。元々PMSの症状が特別に重いわけではないが、それでも自分で制御できない感情を抱えながらの労働は苦痛でしかない。そして怒りや憂うつは確実に私の中にあるのに、それがホルモンの仕業であるということが悲しい。私の感情が科学で説明できてしまうことが悲しい。生理周期を確認して、命の母を飲んで「今日から生理が来るまでの怒りは全てホルモンのせいだ」と強く思って折り合いをつけて生きてきたのだ。そしてまたあの生活が続く。

 夫の原因不明の胃腸炎もきれいさっぱり落ち着いた様子だったが、大事をとって今日も休みにしたとのこと。私も私で、生理が始まってしまえば先週の激しい怒りも霧散して、昼前に留守を任せて家を出た。

 子どもを連れて職場に挨拶に伺った。事前に今日に行くと打ち合わせて決めていた。夫が家にいるのなら子どもは置いて行きたかったが、私が子連れで訪問することを職場の人が期待している空気が一部にあって、私はそれをどこまで社交辞令として受け取るか、真剣に悩んだ。結局、LINEを交換しているくらい仲良い人に子どもを会わせるために連れて行くのだ、と思い直し、車で50分ほどかけて職場へ向かう。

 子連れで社屋に突入することにはかなり気を遣った。職場は仕事をする場所だ。他人の子どもに構うための場所ではない。きっとみんな子どもに好意的に接してくれるけれど、それは常識的な対応であって本心ではない。そう思うようにしている。みんなの時間をなるべく奪わないよう、昼休憩の時間を狙って訪問し、「育休ありがとうございます無事産めました」の菓子折りを渡してそそくさと社屋を出た。本当に私や子どもに関わりたい人は、社屋の外で話せばいい。そういう保険をかけたつもりだった。嫌な大人だな、と思う。周囲の人間に迷惑をかけないよう気を尖らせすぎて、善意を素直に受け取れなくなっていることが自分でも分かる。
 子どもは直前までぐずっていたものの、職場の皆さんにチヤホヤされて笑顔を見せてキャッキャと声を上げていた。相変わらず対人能力が高くて、助かる。みんなに「かわいいね」「大人しいね」と声をかけてもらい、私はそれらをただ言葉通りに、過剰な期待を込めずにただ受け取るよう努める。

 社屋の外で職場の人とひとしきり話した後、仲のいいパートさんがランチに誘ってくれたから、軽食を食べて帰ることに。すごく嬉しかった。職場の近況情報をいろいろ聞いた。職場では毎日のように事件が起こっていてゴシップが尽きない様子。私の育休代替の人は体調不良で1ヶ月ほど来れていない、と知り、申し訳ない気持ちが勝つ。3月いっぱいで辞める代替さんに挨拶するのが主目的だったので、会えずに残念。その人がいたから私は休めているのだ。
 職場へ来て、まだまだ休んでいたいなと思えたけれど、私が働いていれば迷惑を被らない人を見ていると、どうしても申し訳ないと思ってしまう。私の、自らのプライベートを顧みない働き方のせいで、私の不在時にみんなに迷惑をかけている。でも私は私で、プライベートを犠牲にして頑張るか、メンタルを病んで休職するかの二択しかなかったのだから、この職場は本当にどうしようもないなと悲しくなる。ふと、いつか自分の子どもに「そんな仕事は辞めて一緒にいて」と言われたら、私は辞めることができるだろうか、と今考えても仕方ないことを考えた。

 帰宅後、夕方ごろに夫が「今度は高熱がある」と言いだす。内科を受診させたところ、インフルエンザB型だった。次から次へと体調不良になってすごい(嫌味)。もうしばらく私のワンオペ子育ては続くことになった。

3月24日(火)

 夫が今度はインフルということで、しばらく自宅待機になった。寝室に隔離した夫からLINEでジョジョの新刊が欲しいと言われ、ジョジョ読む元気はあるんかい!と思いつつ、近所の本屋へ買いに走る。その後は食材の買い出しへ向かいながら、親が両方共倒れになるとどうなるのか、その危険性を真剣に考えていた。今朝、冷蔵庫は空っぽだった。親に休息はないのだ。体調が悪くても子どもの世話をしないといけないし、買い出しへも行かないといけないのだ。

 歩道の街路樹の根元に青い花がいっぱい咲いていて、満開の桜よりもこういうところに強烈な春を感じた。

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 赤ちゃんは母体からの免疫移行により、生後半年くらいは感染症に罹りづらいらしい。私はどうなってもいいから、子どもにインフルが移らないといいな、といかにも親らしいテンプレな事を考えていた。

 午後は外へ散歩に行った。もうすぐ生後3ヶ月になる子どもは、ずっと家で過ごしていては刺激が少ないのか泣いてぐずるようになった。夫のインフルを撒き散らさないよう、人のいない近所の川原をベビーカーで歩く。郊外は人がいなくてありがたい。子どもは歩き始めて数分で爆睡し、桜を全く見ていない。家では全く寝ないのに、外ではすぐに寝るのだから不思議だ。それはそうと、生理中の育児は身体がだるくてしんどいな、と当たり前すぎる感想に至る。

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3月25日(水)

 チェンソーマンの最終回を読んだ。これで本当の本当に終わってしまうのかな?と名残惜しくて5回くらい読んでしまった。

 色んな感想がネットに溢れているけれど、私は、こういう終わり方しかできないだろうし、チェンソーマンがどういう漫画なのかを思えばとても綺麗な終わり方だと感じた。メチャクチャな漫画が最後だけみんなが納得するように終わるはずないじゃない。読者の理解の到達を振り切るように終わってくれて嬉しい。チェンソーの悪魔の存在を消すことで、ポチタと出会わなかった世界が再構築され、チェンソーマンが居ないからマキマもいない、アキくんは公安にいない、でも少しずつ世界がズレて、アサは救われて、アサの言葉でチェンソーマンが生まれる。これまで1話からずっと読めて楽しかった。

 昼。昨日買った無印の塩ラーメン。玉子麺みたいな感じでツルツルで美味しい。


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 午後、赤ちゃんがグズグズで泣き止まないので車に乗せてドライブをした。子どもは揺れがとにかく好きで、抱っこ紐もベビーカーもチャイルドシートも全て好き。大変ありがたい。

 地元近くを通ったら、19歳の私がかつて初めて車を買った自動車ディーラーが潰れていた。若い女であった当時の私を完全に見下しており、予約した上で車検に来た私に「あのね、車検っていうのはね、予約なしでいきなり来てハイってできるものじゃないの、お嬢さん知らないの?」とニタニタ笑ってご対応くださったクソディーラーだ。やっと潰れていて、大変気分がいい。スカッとジャパンだ。
 ちなみに当時、私はエンジンの異音を訴えていたが車検はパス。4日後の夜中に、車は大きな幹線道路の交差点の真ん中でエンジンから煙が出して立ち往生し、めでたく廃車となった。若い女の言うことだからとスルーされ、車検もテキトーだったんだろうな。そんなクソ事業者がまた一つこの世から消えてよかった。

3月26日(木)

 くるりのLPレコードが届く。先日出た新譜のやつ。

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 くるりのLPは、流石に初期の頃のはあまり持っていなくて集めたいなと思う。でもあまり流通していない。ファンが手放さないんだろうと想像する。それはそれで理想的なことだ。

 昼過ぎ。子どもの体温が38.0℃あった。部屋が暑かったかな?と呑気に暖房の設定温度を下げて検温しなおすも、何度測っても38.0℃超え。最高で38.7℃あった。段々と笑えなくなってくる。夫のインフルが移ってしまったかもしれない。インフルでなくても、何か別の異常かもしれない。当の子どもはいつも通り元気で機嫌はいいが、どことなくぼんやりしている。
 この世の小児科の大半は木曜休診。これまで子育てに無縁の私は知らなかった。かかりつけの小児科も木曜休診、自宅から徒歩圏内の小児科も全滅。完全に小児科難民だ。子どもは急速に体調が悪化することが多いから、高熱の場合はすぐに病院へ行くべしというのが教科書的な常識だ。こんなことなら生まれる前に周辺の小児科情報をチェックしておけばよかった。

 とりあえずグーグルマップ検索で出てきた、今日やっている小児科で一番近い場所(車で10分)に向かう。ところが、子どもを見るなり受付の人に「ウチは小児科を掲げてはいるけど、そんなに小さな子は診れない」と言われ門前払いをされる。そんなことある? どうやら小児科の専門医ではないらしいのだ。踏んだり蹴ったりすぎて心が折れそうになる。腹がキリキリ痛む。こういう時だけ生理痛がおさまってくれないだろうか。でも折れていてはダメなのだ、私が諦めたら子供は医療に繋がれない。

 結局、車で30分くらいの距離にある隣の市の小児科に、事前に電話したうえで行った。そこは小児科の専門医が開業している生粋の小児科で、電話で症状を説明していたからかスムーズに受診できた。あんなに高熱のあった子どもの熱は、受診時には下がり切っていて、インフルの検査も陰性だった。 鼻水を止める薬だけ処方され、翌日以降も熱があるようだったら再度受診するよう言われる。雰囲気が丁寧な病院だった。次から木曜日に困ることがあれば、ここに来ようと思う。

 帰宅すると池袋のポケモンセンターで起きた刺殺事件の報道が流れている。物騒すぎる。まずストーカーだろうかと思ってしまう。大体この手の事件はストーカー。大学院時代、ストーカー化する男性がめちゃくちゃ多くて、勤勉であることとストーカーは相性がいいと感じている。努力ではどうにもならないことが恋愛であると義務教育に組み込むべきじゃないかと真剣に考えた。気が滅入ることばかりだ。疲れた。

3月27日(金)

 朝のニュースでどこもかしこも桜の話題。一種の花だけでここまで話題を引っ張れるのもすごい。もっと報じるべきことがあるだろう、と思うけれど、軽薄な話題も大切だよなと思い直す。東日本大震災の報道ばかりだったあの時にアンパンマンの放送を継続したテレ東のことを思い出した。ずっと戦争の話題だけだと病んでしまう。
 花見デートとかしてみたい人生だった。猛烈な花粉症だから、あんな場所に行ったら大きな代償を支払わねばならない。花見文化に興味はないけど、季節感のあるデートは楽しいし、好きな人と行けば大抵なんでも楽しい。

 昼過ぎ。体調が異様に悪くて嫌な予感がした。熱を測ると38℃を優に超えていた。インフルだ、と思った。夫から移ったのだ。可能な限り夫に接触しないよう頑張ってきたが、ダメだったか〜と途方にくれる。インフル治りかけの夫に子どもの面倒を頼み、私は近所の内科へ。発熱からあまり時間が経ってないから検査で陽性が出るか心配だったが、見事にインフルB型のお墨付きをもらった。最悪。勘弁してくれ。スギ薬局で処方箋を渡して薬をもらった。

 記憶が正しければ、インフルエンザは小学生の時に一度きり。今回のインフルだって、生理じゃなければ罹らなかったんじゃないかと思ってる。生理の時って免疫落ちるし。まだ生理が恨めしい。体調が悪くても親家業は休めないから、頑張らなくてはいけない。

 今のところ子どもには全く熱はない。そのことだけが救いだ。

3月28日(土)

 夫はインフルが一応治って今日から仕事復帰。今日は土曜だが、元々今日は休日出勤の予定だったようだ。私はいくら高熱がしんどくても悪寒がひどく節々が痛んでも、ワンオペ育児から逃れることはできない。でも私の身体は、熱が40℃出ようと動くように出来ている。社畜になるための強靭な健康な肉体だ。それが今日はとてもありがたい。

 アジカンの新譜『フジエダEP』を聴いて気分を上げた。ゴッチが藤枝市に作ったスタジオで録った新譜だそうだ。アジカンはいつ聴いてもちゃんとアジカンだから安心できる。スピッツの「ナンプラー日和」のカバーが嬉しい。

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 今日は両親宅へ子どもを預け、地元の歯医者へ行くことになっていた。流石にインフルで通院はアウトなので、病院にキャンセルの連絡を入れ、両親に行けなくなった旨連絡する。両親は孫に会えなくなったことだけが残念なようで、私たち夫婦の心配とか、手伝おうか?的な発想は皆無のようだ。よかった、私ちゃんとこの人たちが嫌いだ、と思い至る。両親が苦手なので、嫌な振る舞いをされるとしっかり嫌うことができて安心する。
 この人たちが嫌いだけど、子どもの事で両親の手を借りないといけない日がきっと来るのだと思う。インフル程度なら私一人でなんとでもなるけれど、私や夫が入院したりしたら、嫌でも頭を下げなければいけないんだな。その日のために、両親とは付かず離れずの関係を保たなければいけない。子ども自身が嫌がらない限り、子どもから祖父母を奪ってもいけないと思う。子どものためだ。そうやって苦痛なことも飲み込める。子どもが生まれてから毎日が禅問答ばかりだ。少しずつ違う自分に組み変わっていく気がする。

 ピロウズのドラムのシンイチロウさんがお亡くなりになったらしい。突然の解散からそんなに時間が経っておらず、驚かされることばかりだ。私は2024年12月の川崎のクラブチッタで家主との対バンを見たのが最後になった。
 私が好んで聴いているミュージシャンにも、そういう年齢の人が多くなってきた。私と一緒にミュージシャンも歳を取っている。加齢したミュージシャンが紡ぐ曲を聴きたいという欲望が尽きることはないが、その時が来ることを思うと怖い。健康なうちに解散して、普通の一般人として人知れずこの世を去ってほしい気持ちもある。ひどいかな。

3月29日(日)

 地獄のワンオペが終わり、生活の乱れる気配。

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 私の高熱は下がらないし夫もまだ本調子じゃないから依然として全てがしんどいわけだが、やっぱり大人が二人いることの安心感は凄まじい。夫の存在に期待してしまうからこその苛立ちもあるけれど、苛立つ相手がいることさえ有難いという気持ちになる。

 池袋のポケセン続報が次々届く。犯人は元交際相手で、交際期間は9ヶ月。たった9ヶ月付き合っただけの男に一方的に恨まれ殺されるなんて腹立たしくて気が狂いそうになる。ポケセンのバイトを辞めていたら命拾いしていたかもしれないけれど、被害者が居住地や職業を諦めないといけないのはおかしい話。本当に怒りがふつふつと湧いてくる。こんなに腹立たしいのは私が被害者と同じ女だからだろうか。

 大学生の頃、バイト先の塾に仲のいいカップルがいて、別れた途端に男が元カノに粘着し出した事を思い出す。元カノの聞くに耐えない悪口を口汚く流布させ、一方では元カノに大量のメールを送っては退勤前に待ち伏せするなどして、バイト仲間から見ても「アイツやばくね?」という空気になっていた。私たちバイト仲間がしたことといえば、一緒に飲みに行ってその男の愚痴を真に受けずに親身に聞いて、「よし次行こう!」と合コン代わりの飲み会を催したくらいだけど、新しい気になる女性ができたら元カノへの粘着はあっさり終わった。

 後日談としてその男に聞いたこととしては「初めてできた彼女に振られて、復縁しないともう次はない、自分の人生はおしまいかのように思っていた」とのことで、その一方で元カノにしていたことがストーカーまがいであるという自覚はなかったのだから驚いた。元カノに復縁してもらえるように頑張っていたというのが主旨だった(じゃあ聞くに耐えない悪口の数々はなんだったんだ)。視野狭窄して一人で怒りや絶望を抱え込みすぎると良くないな、と思ったエピソード。

 今回の池袋の犯人の男は、失恋した時に愚痴を聞いてくれて、視野が狭くなるのを防いでくれるような友人知人はいなかったんだろうか。いなかったんだろうな。それとも、そういう人の言葉が聞けないほどプライドが高かったのか。それに殺された命があることが腹立たしい。