高等遊民前夜

日記と考え事・雑感のログ

雑感まとめ(3/8-3/15)

3月8日(日)

 手が空いた時間を手繰り寄せて確定申告を終えた。讃えられるべき。主に出産にかかった医療費控除の手続きをした。還付金は4千円程度。少ない、でも税金として過剰に取られるのは癪だから、やるのだ。
 四六時中ずっと自宅にいるくせに、着手するのが遅くなりすぎた。先延ばし癖がよろしくない。自分が怠惰であるだけなのに、手がかかって当然の赤ちゃんのせいにすることもよろしくない。とはいえ、育児と確定申告はすこぶる相性が悪いのは事実。e-taxはすごく使いやすくて、在宅で短時間で終わってよかった。いい時代に生きている。

 「星野源のオールナイトニッポン in 日本武道館」の配信を観る。配信、ありがたい。私はたぶん星野源の古参で、ANNは初回から聴いていて、もはや生活の一部になっている。10年聴いていれば、そりゃそうなるよ。今年度で終わるなんて寂しいな。これから週に一度、ラジオに使っていた2時間がごっそり浮いてしまうなんて変な感じ。

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 日本武道館で人に見られながらラジオ収録している画がおかしかったし、配信は終始アットホームな雰囲気でとてもよかった。特別な回なんだけど、過剰に特別感を出さずに至っていつも通りな感じが、とてもよかった。無欲な感じ。それでこそ星野源だよ。
 毎週、ラジオを聴けばいつもの星野源がラジオをしてくれていることが、自分にとっての救いになっていた時期がたくさんある。進学校で勉強がしんどかった時とか、働いていてしんどい時とか。いつも限りなくフラットだから、救われていた。だからいつもの星野源じゃない放送のとき(※2024年末の紅白の時とか)などは、逆にファンである私の方が星野源を救いたくなって、何もできないことが歯痒かった。いろんな記憶が思い出されて、いよいよ10年続いたラジオが終わってしまうことを実感してしまい、大変よろしくない。

 交友のある人からのメッセージも、どれも愛が溢れてて、特にバナナマン日村のはすこぶる良かったな。オードリー春日からの「僕とも友達になってください。動物が好きで、悪い人ではありません」も、明け透けすぎて笑った。赤子対応しつつ飛び飛びでの視聴になったから、どこかで腰を据えてアーカイブ視聴したい。

 夜更けにEIGHT-JAMでくるりの特集。くるりに詳しくない人でも、くるりがどんなバンドでどんな魅力があるのかわかるような、とても良い誠実な特集だと思った。ファンはみんな嬉しかったんじゃないだろうか。くるりがどういう時代にデビューして、どんなメンバー編成、どんな音楽性を遍歴してきたか、楽曲や演奏の特色まで紹介されていた。くるりは一言で説明しづらい存在、だからこそうれしい掘り下げ方だった。ベースの佐藤さんの演奏にも言及してくれたり、岸田氏がずっとニヤニヤしていたのも良かった。

3月9日(月)

 夜更けからの子どものぐずりに対応し、だいぶ寝不足。そんな日もある。

 3月1日に買ったBAO BAOが届いた。プリウスみたいなシルバー。うれしい。ずっと欲しかったくせにずっとうだうだ買わない理由を探しては買い逃していたんだから情けない。欲しいものは買えばいいのに、高いといっても社会人が買えない深刻な値段でもないのに。リセール価値とか考えずにボロボロになるまで使う。

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 結婚記念日だった。3周年。長い同棲生活からシームレスに結婚生活へと移ったからか、3年と言われても変にしっくりこないが、とりあえず3年続いたことを褒めたい。3年続いたのは、きっとお互いにこの生活や対話を諦めなかったからだ。夫が仕事帰りにキルフェボンでケーキを買ってきてくれた。子どもが生まれて、私たちの関係は良くも悪くも変容していくと思うけど、なるべくいい変化を増やしていきたいし、今後もこの日々が破綻しないよう頑張りたいという気持ち。
 3人で写真を撮った。子どもと3人での写真は何気に初めてだった。産前にかなり健康的に太り、まだ体型は完全に元に戻っていない。自分の現状を直視するのは辛いわけだが、写真に残せておいてよかったと思う。


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 結婚記念日のたびに、この国で結婚したくても結婚できないカップルの存在のことを思わずにはいられない。私には同性カップルの友人や、知人や、ネット上で仲良くしていただいている人たちや、一方的に知っているだけの人たちがいて、その人たちが当たり前に結婚できる日が来るといいなと、祈っている。最近、加齢のせいか、こういうことは思っているだけじゃ意味なくて、ちゃんと声に出して、文字に起こして表明しないと駄目だと思うようになった。ちゃんと表明しよう。

 星野源のANN、後任がサカナクション山口一郎になったようだ。うれしい。ファンは特別うれしい人選のはず。
 

3月10日(火)

 BlueSkyのほうで思ってもみないお話をいただき、貴重なレコードを譲り受けることになった。世の中に300枚しかないレコードで、抽選で当たった人だけが手に入れた非売品。私はそれをこの目で見たことさえなかった。興味がない人に無価値で、私にとってはとんでもない価値があるもの。実際、リセール価値もあって高値で取引されている。そんなものを私が引き受けることになり、身に余る思いがする。

 私も夫も音楽が好きで、それなりに色んなものを収集している。一介の蒐集家として、年老いていつか手放すときが来たときに、私たちのレコードやCDなどを、その価値を理解して大切にしてくらる人の手元に確実渡るようにしたい。何年、そんな気持ちが強くなる。簡単にメルカリで売って現金にしたくない。お金が欲しいわけじゃない。宝物なのだ、すべて。家に物が増えるたび、自分の人生の課題の一つだと感じる。

 午後に保険屋さんがやって来た。私は出産の際、鉗子分娩(トングみたいな器具で赤ちゃんの頭を掴み引っ張って取り出す方法)だったが、これが異常分娩に該当し、医療保険の給付金適用になるらしい。ネットで調べ物をしている過程で知ったから、ネットには感謝だ。ちゃんと自分に保険をかけてるから、もしかすると結構大きな額の給付金がおりるかもしれない。こういうことは申し出ないと貰えないから、知識は大事だ。真に生きていくため武器だと思う。

 子どもが相変わらず夜によく寝てくれる。たまに夜中に起きちゃう日もあってムラはあるけど、だいたい9時間前後はまとめて寝るから、私も眠れる。こればかりは運だから、だいぶ、恵まれているなと思う。

3月11日(水)

 東日本大震災発生から15年とのこと。あの日の私は大学受験生で、居間でテレビの音声をBGM代わりに勉強していたとき急に画面が切り替ったことをよく覚えている。日が暮れていくにつれ、嘘みたいな津波の映像が何度も流れ、釘付けになったときの、炬燵に突っ込んでいた脚がジリジリ焼けていく感覚がこびりついて忘れられない。被害にあった、今もまだ被害が続いている人に心を寄せようと意識する。Yahooで3.11を検索する。

 私はTwitterを長年やっているけれど、きっかけは東日本大震災だった。東北にいる知り合いの安否が気になってアカウントを作った。当時、ネットは重くなりがちだったけれどTwitterは軽くて、いろんな情報が行き交っていた。災害時の情報発信の手段としてSNSが注目されたきっかけでもあったと思う。そんなことを、思い出す。

3月12日(木)

 大学時代の友人が子どもを連れて我が家へ遊びにきた。その友人は学科が違うけれど、必修科目と選択科目の都合でよく一緒に授業を受けていた人。彼女の夫は私の職場での同期であり、もちろんお子さんが生まれたことは知っていたけれど、会うのはだいぶ久しぶりだ。

 多分5年くらい会ってないはずなのに、まるで先週も会っていたかのようにヌルッと再会した。それくらいに違和感がなくおかしかった。会ってなかった時間を感じさせないってすごい。友人のお子さんは一歳半で、だいぶ人間の振る舞いをしていた。友人の家にはソファがないらしく、お子さんは信じられないぐらい我が家のソファにはしゃいでいて、なんだかありがとう…の気持ち。私の生後2ヶ月の子どもは、せっかく赤ちゃんの先輩に会えるというのに終始爆睡であった。みんな振る舞いがおかしい。

 蘭が咲いた。とてもいい感じ。


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3月13日(金)

 いまだに資源ごみの回収場所がわからない。町内会に入っているのに、町内会の人々と交流がないのだ。この土地で生きていけるか急に不安になる。結局、市の中心地にあるごみステーション的な場所まで行くことなり、ダサすぎる。

 「ファミレス行こ。」を読む。今って難解な話が売れづらくて、平易に解説しないと読者に伝わらない時代な気がする。みんな忙しいし時間ないし、読む体力と能力のある読者ばかりじゃないと思うから。だからより「チェンソーマン」とか「呪術廻戦」みたいな読者に考察させる漫画はすごいなって思うけれど、「ファミレス行こ。」も読者に読ませるいい漫画だなと改めて思う。

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 作中に、誰も一言も発していないコマが多い。間が多い。それが独特のテンポになって、クスッと笑えたり、神妙な空気を漂わせたりして、なんて繊細な漫画なんだろうと思う。これがこれまで200万部売れているってすごいことだ。

 結末の、狂児が聡実くんの方を何度も振り返る場面は、いつもひょうきんな狂児にいろんな葛藤があることを象徴的に表現しているように思えて、すごく良かった。聡実くんはわかりやすくどストレートに狂児が好きで、若さゆえに直球に行動できてしまうわけだけれど、狂児のほうは年長者として真っ当な大人のふるまいをしようと考えていて、聡実くんを自分の思うようにはしないけれど、でも寂しさや名残惜しさがある。結末のシーンに狂児のいろんな思いがないまぜになっている様が感じ取れて、映画みたいで凄みがあるなと思った。
 しかも狂児は、聡実くんが必要としてくれる限りは一緒にいるという、刹那的なウェットな愛情を持っている。自身の年齢や職業もあってか、いつか別れが来る前提に考えているんですよね。だから余計に結末の、何度も振り返ってしまうシーンが切なく感じる。狂児の愛は重い。また蒲田に行きたくなった。いまごろ聖地化してるだろうな。

 

3月14日(土)

 朝イチで内科へ。先週の血糖値検査の結果を聞きに行く。妊娠中の壊滅的な血糖値はすべて正常値に戻り、晴れて私はどこに出しても恥ずかしくない妊娠糖尿病患者から健康な人に戻った。帰りにケーキ屋へ寄り、午後に来る義両親をもてなす用のケーキを買った。

 午後、昼食を摂ろうとしていたら義両親がやってきた。今日来ることはもちろん知っていたが、時間までは聞いてなかったので慌てる。夫は超マイペース人間であり、そんな夫を育てた両親って感じだ。何となくで来て、何となくで帰っていく。

 初節句用のあれこれを子どもに贈っていただいた。家でコンパクトに飾れる兜と鯉のぼり。当の本人は何も理解してないだろうが、大人にたくさん構ってもらえて大層嬉しそうだった。子どもは結構かまってちゃんだと思う。義両親がなんでもオーバーに反応してくれるのが嬉しいのか、子どもはいつもよりたくさん喋り、今できるすべての表情をして、ありったけの愛想を振り撒いていた。大人の私も見習いたいコミュ力。

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 3月10日に譲り受けることを快諾した貴重なレコードが届いた。とても厳重に梱包されており、従前もこんな風に大切にされてきたんだろうと想像する。20年以上前の品だがとても状態が良かった。試しに再生すると、何も問題なく、正しく音が鳴った。これを私が持っていていいのか、何度も何度も考える。宝物だ。と思う。偶然いま私の手元にあるだけの。

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3月15日(日)

 夫が名古屋城の近くで行われる植物の即売会イベントに行きたいというので、私も子どもを連れて朝からご一緒することに。名古屋城を取り囲む名城公園はとても広く、ランナーや子連れファミリー層、犬の散歩をする人たちの楽園になっている。夫がイベントに行っている間、私はベビーカーで公園内をうろうろした。日差しは強いが風はとても冷たい。子どもは案外ケロッとしていた。公園内でよく分からない謎の犬イベントをやっており、犬がたくさんいて、それがとてもよかった。

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 公園内に飲食店が入った小さな商業施設のようなものがあり、そこに多目的トイレがある。子供のおむつ替えはそこですれば良い。そして、ベビーカーをたずさえた私のトイレもそこ。恥ずかしいことに、普通の女子トイレは通路や個室が狭く、ベビーカーと一緒に入ることができないと気づいたのは当事者になった最近のこと(※ベビーカーごと入れる女子トイレ・男子トイレもあることにはある)。
 一個しかない多目的トイレは常に取り合いで、入りたいと思った時に入れない。それなりに気を遣った。この煩雑さを思うとき、世の子連れたちがイオンやららぽーとに集まる理由がよくわかる。大型商業施設にはなんでも揃っていて、おまけにフロアには段差はなく、床はツルツルで移動しやすい。とてもストレスフリーだ。フードコートもある。

 午後は職場の人が所属している合唱団のコンサートへ。久々に自分ひとりの時間。車で会場近くのコインパーキングを探したが、ラグビーの試合と花見客でどこも混んでいて焦った。
 コンサートはとても良かった。合唱って生でちゃんと聞いたの久しぶり。会場では職場で同じ部署の人に会えて、部署の環境を聞いたりした。同僚のお子さんにも会って、なんか変な感じ。

 合唱団は社会人サークルらしく、子育て中の方も多いとのこと。月2回の練習をしてコンサートやイベント出演をしているらしい。みんなタフで強くてすごい。私もいつかそんな風に、仕事に趣味に子育てに、って出来るようになるだろうかって考えてしまった。出来るかなじゃなくて、やるんだよ、って思う。悲観的になりすぎるのよくない。見方を変えれば、自分の生活を占める要素が増えたことは、その両立の難しさと引き換えに、私自身の依存先を分散させて私を支えてくれるはず。そう思いたい。