高等遊民前夜

日記と考え事・雑感のログ

他人の雑感

二〇二〇年秋に始めたブログ。気づけば百人を超える購読者がついていた。

私のブログはいわゆる「雑記ブログ」。特定のジャンルに絞らず何でも記していく形態だ。ブログを運用しファンを獲得するという観点では、例えば「家電の紹介やレビューをするブログ」のように、何かに特化したほうがファンを集めやすいとされる。要は、逆に有名人やアイドルでもない一個人がとりとめのない日常を垂れ流す雑記ブログにそこまで需要はないよ、ということのだ。

 

私はブログで稼ごうと思ってないし、そもそもが自己満足で始めたものだ。書きたいことを、書きたいままに書きたい。だから雑記ブログにした。そして書きたいように書いてきた。アイドルでもない一般人女性のブログを読んでくれる人がいることにありがたいと思いつつ、いつまでも不思議な気分になる。

 

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 私は好きなミュージシャンの一人に柴田聡子という人がいて、この前「雑感」という楽曲がリリースされた。歌もメロディも手放しで最高と言えるくらい良いけれど、とりわけ歌詞が本当に素晴らしい。「雑感」というタイトル通り、思ったことを徒然なるままに並べたような歌詞。くるくると話題が移っていく。一見すると誰でも思ったことがあるような、または思いつきそうな言葉が並ぶ。なのにすごく刺さってかっこいいのだ。すべてがパンチライン

 

 「車よりバイクの方がぜったい速いときがあります」、

 「毎日のせいで涙を流す暇もないだけです」、

 「考え抜いた末にしたことで恨まれて愛される」、

 「車はぜったい羽根や自由ではないです」、

「エンジンかければ誰でも動かせる危ない」、

「私には私にしか分からないことがあるんです」、

「給料から年金が天引かれて心底腹が立つ」……

 

 他人が考えていることって、どうして魅力的なんだろう。この楽曲を聞いて最初に思ったことだった。もちろん柴田聡子は優れた詩人でもあるから、ただ思いついたことを並べるんじゃなくて、いろんな試行錯誤のうえで作品になりうる歌詞にしている(と思っている)。けれど、他人が考えごとをしているときの、思い浮かべては消えていく話題の様子、話題から話題への奇妙な飛躍、たまに見え隠れする各話題の共通点に気づく驚きや面白さそのものが楽曲になっていて、本当にびっくりしたのだ。全ての人に、ぜひ歌詞を読みながら聴いてみてほしい。

 

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 雑記ブログは需要がない、ということを冒頭に書いたけれど、実はそうでもないのでは? と最近では思う。

 

 皆さんツイッターをやっていますか。私はやっています。

 私はネットが大好きで、特にツイッター歴は長い。その短くて長い歴史の中で思うのは、自分にとっては何でもない、誰でも思っていそうな、とりとめのない呟きに限ってよくバズる。(そして、狙った呟きほど伸びないのだ。)独創的なものほど個性があって伸びそうなのに不思議なことだ。

 なんて書きつつ私は、他人の何でもないツイートの内容が、私が思っていたことを言語化していると救われた気持ちになったりする。バズって多くの共感されているとなおさらそう。自分が何でもないと思っていた小さなことを、自分と同様に気にしている人がこの世にいるという事実そのものが救いなのだ。

 

 2020年の秋からやっているブログが、気がつけば購読者が百人を超えた。私はブログ名である「高等遊民前夜」の下に、「日記と考え事・雑感のログ」とキャプションを付けた。