高等遊民前夜

日記と考え事・雑感のログ

通過儀礼

 日曜日。早起きをする。死ぬほど眠たいが起きねばならないことの悲しさ。同居人の運転で県外へ出る。今日は同居人の両親へ挨拶したあと、同居人から私の両親へ挨拶してもらうという心理的負荷の大きめのスケジュールだ。どこかで通らねばならぬ道だから早く済ませたい。こういうのは勢いに任せてやらないといつまで経っても終わらないのだ。

 私も同居人も、交際相手の存在を両親に話すタイプの人間ではない。というか存在すら知らせていない。だから相手方のご両親にとっては、急に知らされた、どこの馬の骨かもわからない得体の知れない女が来るわけだ。なんという状況。難易度が高すぎる。こんなことなら同居人に早く私の存在を明かすようにうるさく言っておくんだった、と後悔した。
 もう一つの懸念としては、同居人がたまに育ちの良さを垣間見せることもあり、良家の子息だったらどうしようということだった。「祖父母から受け継いだ家だから大きいけど普通のサラリーマン家庭の実家だから大丈夫」とは聞いていたが、大丈夫じゃないのだ。そういう問題じゃない。私の感情の問題だった。そもそも同居人の両親だからとかじゃなく、単純にわたしが初対面の人と話すのが死ぬほど苦手なのだ。

 相手方のご実家に到着。同居人に顔がよく似たご両親と大きなミックス甲斐犬に出迎えられた。犬が若い女性が苦手で吠えまくるから気にしないでと同居人に言われていたが、まったく吠えられずにむしろなつかれて拍子抜けした。内なる男気を見破られたのかもしれない。同居人とご両親はしばし新しい車の話で盛り上がっていた。
 ご実家は古き良き大きな日本家屋で、「やっぱり良家やんけ!」と思う。貴族ではないけどまあいいお家だ。通された和室には掛け軸と一見してヤバそうな壺が置いてあって、その隣に床柱を隔てて違い棚があった。書院造だ、と思う。日本史で習ったやつ。知識があると世の中の解像度が上がっていいことだらけだなと変に冷静になった。
 当のご両親はめちゃくちゃ温厚な感じで、何でも「当人たちの好きにするのがいちばん」系だった。同居人も放任主義でのびのびと育ったとは聞いていたが、その感じが手に取るように分かった。式も披露宴も、したいならすればいいし、無理にしなくてもいいんじゃない?という感じで、すべてを私と同居人の委ねてくれるようだった。拍子抜けした。とてもありがたい。車でビビり散らかしていて逆に申し訳なかった。しかもそのあと昼食までごちそうになり殊更申し訳なかった。おいしかった。

 同居人はご両親のまえでも口数が少なかった。多分親しい間柄であればあるほど口数が少なくなるタイプの人なんだろうなと改めて思う。しかしこちらはご両親と初対面、もうすこしお前が会話をまわしてくれと願った。知らない者同士をつなぐことができるのはお前しかおらなんだ。願いは通じなかったから、自分で思いのほかしゃべってしまった。変な人だと思われたかもしれない。実際、変だからまあいい。

 ご実家を後にするとき、縁側に猫がいて動かないから「飼い猫かな?」と思ったら野良猫だった。餌は与えてないのにここに居付いている地域猫で、決まった時間に遊びに来るらしい。ぜったいここに猫たちを可愛がる人間がいるのだ。いいご実家だなと悟った。

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地域猫。傍らにあるお皿は飼い犬の餌用)

 次はわが実家へ。岐阜から愛知の山間部へ向かう。高速道路だと思ったより近いと感じた。

 実家に到着すると、茶菓子としてテーブルに源氏パイプリッツが出され、あまりの高低差におどろく。オイオイさすがわが実家。いい感じの盆に源氏パイプリッツはおかしすぎる。仕方なしに持参した菓子折り(えびせん)をその場であけて食べた。そして両親はさっそく、同居人の新車をみて「新車?なんていう車種?」と盛り上がり始めた。世の中の実家という場所は、かならず車の話題で盛り上がるものなのだろうか。

 母は一度同居人と対面しているし、放っておいても勝手にしゃべるからある意味心配はなかった。問題は父だ。私は自分が帰省した時でさえ、父とは会話を一つ二つする程度でほとんど話さない。ところが同居人とは意気揚々と車のことや仕事のことを話し出し、小一時間で数十年分を喋ったんじゃないかというほど話していた。単純にメンズの会話ができるのがうれしかったんだろうか。父は男の子が欲しかったみたいだし。女でごめんよと思う。まあ、結果的には変な空気にならず終わってよかった。最悪のシナリオとして父が一言も発さない、とかも考えられたから。

 19時ごろすべて終わって帰宅。二人とも(主にわたし)疲れ果て、うどん屋さんでかけうどん(並)だけ食べることにした。同居人は、私の実家ではそう緊張しなかったらしい。周りが勝手にべらべらしゃべってたからね!とちょっと嫌味を言ったらしゅんとしていた。私も見知らぬ人と臆せず喋られるように肝っ玉を鍛えないといけない。将来的な親戚づきあいを考えると胃の中のうどんがすべて出てきそうだ。こういうあれこれをしっかり頑張る世の先輩方はえらい。