高等遊民前夜

日記と考え事・雑感のログ

忌まわしき帰省中のログ

  2022年12月31日

 大晦日。昼過ぎに痺れを切らして帰省するため自宅を後にした。帰省したくない。実家という存在は私にとっては得も言われぬ苦痛を与える場所だ。

 電車で終点まで向かう。終点から実家まで帰る時に使っていたバスは数年前に廃線した。迎えに来た母の車に乗って実家へ向かう途中、早速プライベートの詮索が始まる。今回は私のことより、私と同居人との関係性を掘り返された。そして極め付けは孫の性別希望だ。「絶対女の子がいい!」と言われても、という所感。そもそも産む前提なのが引っかかった。子供は授かりものだから、とかわしても「そんなこと言ったって、老後のお世話は誰がするの?」と返ってきて、ああ、この人は私に自分の老後の世話をさせる気満々なんだなって悲しくなった。私に子どもがいたなら、自分の介護の心配をさせないようにしようと硬く誓った。
 私の母は過干渉タイプで、いつだって私たち姉妹のことを放っておいてくれない。しかも母本人にその自覚が無いのが厄介だ。妹は今年も帰省拒否で不在だった。

 実家に到着。自室の六畳一間に入ると、二段ベッドと勉強机×2が撤去され、敷布団を敷いただけの独房というかドヤみたいな部屋に変わり果てていた。いつもは机でPC作業したりできたのだが、この部屋のせいで今回の帰省ではずっとゴロゴロする羽目になった。
 私の部屋には私の私物(今の自宅に入りきらない本や漫画)が大量にあったわけだが、それらも売り払われていた。腹立たしいけれど、私たち姉妹の物を勝手に捨てたり売ったりするのは昔からなので慣れてしまった。もう悲しくも何ともなかった。でもジョジョ全巻を売られてしまったのは悲しかった。

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 紅白とか年末年始の音楽番組は自宅で録画してあるから観ないでいいやと思いつつ、観たいやつだけ観た。途中風呂に入り、実家のドライヤーがポンコツすぎてショートの髪を乾かすのに30分かかり、予定が狂ってKing Gnuが観れなくて、平然とガッカリした。それを鎮めるように翌4時過ぎまでポケモンのレイド巡回していた。夢特性ニンフィアがゲットできて全て許した。

  2023年1月1日

 元旦。10時くらいに起床。朝昼兼用で雑煮を作って食べた。作るのは私だ。愛知県では年末年始だけ売られる「餅菜(正月菜)」と呼ばれる小松菜に似た野菜を入れることが多い。品種改良されていない原種の野菜で、江戸時代からあるらしい。生産コストがかかるらしくガチで正月にしか見ない野菜だ。我が家の雑煮は、その餅菜と焼いた角餅、鰹節を入れて出汁で煮ただけのシンプルな仕様だ。

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 我が家は年中行事に無頓着だ。おせちも年越しそばもない。ただ、九州にある父方の実家はかなり用意周到な正月料理を用意していたから、どちらかというとこの無頓着さは母方の系譜にあるらしい。例えば私の両親は、年末年始は餅しか食べない。冷蔵庫も空っぽ、あるのは雑煮用の餅と正月菜のみ。地域柄、近隣に年末年始に営業しているスーパーはないのにだ。この感じも、私が帰るのが嫌な理由だ。本当にあの人たちは、1日3食、餅を食べるのだ。

 私の実家の嫌なところはちゃんと正座して100個くらい言えるのだけど、食をめぐる問題は根深い。その負のルーツは母方の祖父母にまで遡る。
 料理に無頓着な祖母の元で育った私の母は「家庭料理=不味いもの」と思って育ったらしい。学校と職場は全寮制で、自炊をした経験がないままに私の父と結婚して退職。私の母は、自分の育った家の料理の記憶を頼りに、焼き直すことで食事を作ったそうだ。私の父は普通の家庭で育ったものの本人は食に無頓着で、私の母の作る食事を疑問に思いつつもそのままにして、その後、私と妹が生まれている。家庭での食育ってメチャ大事だなと思わされるファミリーヒストリーだ。究極の文化資本だと思う。

 とどのつまり私の母は、自分の経験則でしか食事を作ることができないのだ。それは今も続いている。私の実家には調味料が塩・こしょう・醤油しかなく、母はその3つの組み合わせでしか作ることができない。食卓で出ていた食事は、醤油で焼いただけの肉とか、塩で焼いただけの肉とか、醤油を薄めた水で煮たうどんとか、そんな感じだった。母がそれを食べて育ったからだ。サラダなんて出ることはなかった。母が家でそれを食べてこなかったからだ。ひどい時は料理すらせず、1日3食すべて菓子パンになった。見かねた父が仕事から帰ってきて料理したりしていた。
 砂糖やみりんも母の辞書になくて、レシピを見ても、砂糖やみりんが使われているものは作らない(私が他の調味料を買ってきても、持て余して捨ててしまう)。そして、そもそもレシピ通りに作ることができない。レシピという概念に触れず大人になり、あれに従うこと根本的に理解できないらしい。大さじと小さじも分からないし、火加減というものも理解できない。そして、何度も何度も何度も教えてもダメだった。
 ここまで来ると、普段の母の振る舞いと合わせて、特性として何らかのグレーなものがあるのではないか?とこれまで幾度となく考えたが(父も考えたことがあるらしい)、診断を受けたわけでもなく今となっては真相は分からない。

 いっぽう私は、女だから料理しなければならない、とは思っていないが、生きる力的な意味合いとして「するしないは別として、料理できるに越したことはない」と考えていた。経済的余裕がない場合、自炊することが節約する一手段であるからだ。反面教師的に自炊をするようになり、中学生の頃から、お小遣いを貯めて調理器具を揃えたり、食材や、みりんや砂糖やその他調味料を買って自分でご飯を作っていた。お小遣いが少なかったから月に一度くらいしかできなかったけど、仮に自分が子を持ったときに、私の祖母から続いた忌まわしき連鎖を断ち切りたくて必死だった。そして私が作った食事を、母は「不味い」「食べられたものじゃない」と否定し続けた。母に出来ないことを私がするのが許せなかったのか何なのか、私は母でないから分からない。私が買い揃えた調理器具も、いつのまにか全て処分されてしまった。忌まわしき記憶を、実家で食事するたび思い出す。

 いま思うとやっぱり私の実家はちょっと変だったんだろうなって思う。忌々しい記憶が呼び起こされて嫌になる。自分がもっと優しくて寛大だったら全てを過去のこととして許せるのかもしれない。餅を食べて、自室でポケモンやったりBLEACHの無料キャンペーンを読んだりした。自室にあったBLEACH全巻も売られていて悲しかった。ブログを見ると読者がたくさん増えていてびっくりした。うれしい。

  2023年1月2日

 昼前に起床。昨夜も明け方まで色々読んだりゲームしたりして過ごしていた。今年は親戚に会うイベントも発生せず、フェードアウトできそうだ。九州の父方の親戚たちはみな仲がいいが、県内の母方の親戚たちは少し人間関係が特殊で、正直あまり関わりたくない。小学生の時、集まって内輪揉めした親戚たちに自分の誕生日ケーキをやけ食いされ、「ケーキごときでグチグチ言うな」と言われた頃からのトラウマだ。なんでこの大人たちはこんなに大人気なくそんなことをするんだろう、と子供ながらに幻滅した記憶がある。幸い私と同年代の人も、お年玉を渡すべき子どもや孫も親戚間にはいないから、手放しに会わないことを喜べた。

 夕方から地元の友達と飲むことになっているから夜ご飯はいらないと言って実家を出た。実家を出た瞬間にどっと疲れてげんなりしてしまった。帰省疲れもいいところだ。せっかくの正月休みを何で帰省に使わねばならないのだろう。そう思うけれど、これでしばらくは干渉されずに済む、と思い直す。近所のコンビニで友達の車に拾ってもらい、忌まわしき地元を離れた。