高等遊民前夜

日記と考え事・雑感のログ

気力がない

 金曜日。8月第一週もようやく今日で終わる。先月は家計の出費が嵩んでクレカ請求額12〜13万くらいになる見込みで、8月になる前から苦しい生活が強いられている。家計へは、私と同居人それぞれが手取りの4割を拠出して回しているけれど、さいきん私の仕事が落ち着いて残業代が減った分、家計に出すお金も減る。だからそれを意識して生きなきゃなと思う。後先を考えずその日暮らしをするには私は歳をとってしまった。どうしても老い先のことを考えずにいられない(そこまで老け込んでもいないのだが、性格によるものだろうか)。

 春までの激務をこえ、最近はようやく仕事が落ち着き、平穏を取り戻しつつある。随分前から待ち望んでいた閑散期、ところがやっぱり燃え尽き症候群なのか、何かにつけて気力が湧き上がってこなくて思い悩んでいる。仕事だけじゃなくて、家事や趣味に関しても同様だ。頭のなかにやりたいことはたくさんあっても体が動かず、ずっと気だるい。
 それらについては置いておいて、仕事に関してわたしは頑張って認められたいとか、評価されたいとかいう欲望がそもそも希薄で、こういった部分に私の自己実現はない。仕事はあくまでも生きていくための食い扶持で、それ以上の意味はない。むしろ疎まれたくない、使えないやつだと思われたくないという否定的な承認欲求のほうが僅かにあって、でもそれすら完全に底をついてしまっている。もう何も頑張りたくない、怒られないくらいの最低限の役割を果たして昇進もせず、フェードアウトしていきたい。そんなことばかりを考えている。この感傷が年齢によるものなのか、職業特有のものなのか、私の性格に依存するものなのかはわからないが、とにかく最近は人生に悲観気味だ。現在の職場にこれからも居たところでこの先いいことはないし、昇進しようものならなおのことそうだと思う。そんな状況で頑張るためのモチベーションなど湧いてこず、そもそも頑張ったことへのインセンティブもなくて、体力を温存して帰宅することだけに全神経を注いでいるような毎日。ひとことでいうと張り合いがなくて味気ない。なんとか抜け出したいが、やはり、今後2〜3年は子を産まないと誓っての転職しかないのだろうか。

 帰りにミスドに寄って新作を買って帰った。二人分買って、半分は夜勤中の同居人の分にした。週終わりの糖質は染みる。